小さな頃から考えてきたこと ~普通になりたいアスペルガー~

幼少期に高機能自閉症と診断される。小学生の時にアスペルガー症候群と診断名が変わり現在に至る。このブログが誰かの助けになればいいなと思い開設。

主人の理解

主人は定型発達です。一度転職し、現在も続けていますが先月でまる6年を迎えました。周りの社員からの信頼も厚いようで、今ではすっかり居場所も出来ています。

 

結婚当初は障害のことを隠していました。そして、このブログを開設した頃も主人には内緒で書いていました。

 

就労移行支援事業所へ体験利用で通い始めた頃に障害のことを打ち明けると、特に驚きもせずありのままを受け入れてくれました。今まで内緒で更新していたこのブログの存在も伝え、今では主人も読んでいます。

 

今、主人は発達障害のことを少しずつ勉強しています。私と主人の共通の願いは発達障害がより理解される社会になってほしいということ。

 

ちなみにアメーバブログでもずっと隠していましたが、より理解してくれたらと思い、障害のことにも触れています。

 

アメーバでは日常や美味しかった食べ物のことをメインに、発達障害についてはこちらで、となんとなく書き分けています。

ameblo.jp

人と話すのが怖かった

 

bambi12.hatenablog.com

 上記の記事の最後に書いたように、児玉さん(仮名)らから冷たい態度を取られてしまった私は、それだけが原因でないにせよクラスメートと会話をするのが怖くなり口を利けなくなりました。いわゆる場面緘黙です。

 

ただし、授業中の発言や先生との会話、用事のある時はなんとか出来ていたのです。

 

「おはよう」の挨拶も完全にできなくなりました(元々クラスメートに挨拶はそれ程していなかった)

クラスの男子に「喋らないからつまらない」と言われるほどでした。

 

やがて春になり、私は中学三年生に進級した。クラス替えに伴って、小西さん(仮名)と児玉さんとは別のクラスになった。また、二年生が終わるまで一緒にお弁当を食べていた四人のグループとも別れた。

 

新しいクラスになっても、人と話すのが怖いことに気付いた私は“このままではいけない”と思い始める。

 

幸い、三年生のクラスには話しやすい女子が何人かいたため、その彼女達に挨拶をすることから始めた。

一つできるようになると、今度は自分で

「一日に一回は挨拶だけでもいいからクラスの誰かと言葉を交わす」

というルールを作った。

 

その結果、三年生でもクラスで特定の友達は出来なかったけれど、自分から話しかける勇気を取り戻すことができた。

そうはいっても話を膨らませたり、広げたりなどというテクニックはまだ身に付いていなかったが。

 

これまで失敗したり、傷ついたりした経験もたくさんありましたが、それを糧にしていけたらと今では思っております。

 

元カレのこと

 今日は久々に恋愛のことを書きます。

bambi12.hatenablog.com

 

上記に貼り付けた記事に登場する元カレはお見合いサイトを通じて知り合いました。

彼は私と同い年。そしてそこそこ名の知れている大学を卒業しています。会話も弾み、話している時の感触は悪くはなかったのです。会ったその日に交際を申し込まれ、私は了承しました。

 

何度か会っていくにつれ、彼との距離が縮まっていったある時、私は彼に障害の話を振りました。“彼ならわかってくれる”その時はそう思っていたから。

「ねぇ、障害のある人って抵抗ある?」

「全然ないよ。高校の時に養護学校(特別支援学校)が近くにあったから交流はあったし、小学校の同級生にも支援学級に行っていた子がいたから」

「良かった」

話は一旦そこで終わりました。

 

しかしその会話の一週間後、彼から訊かれました。

「こないだ何で障害のこと訊いたの?」

「実は、遺伝するかも知れないメンタル的な障害を持っている」

と告白。発達障害とか、アスペルガー症候群などの診断名は言いませんでした。

「今度、わかるようにちゃんと説明するから」と言うと彼は

「知らんがな」

理解する気がない返答でした。

 

彼の中で発達障害は「覚えていられない人」という認識でしかなかったのです。

確かに発達障害の人は短期記憶が弱い人も多いので、そういった意味での「覚えていられない」なのかもしれません。

 

※短期記憶…知っている方も多いと思いますが、数十秒から数ヶ月程度の短期的な記憶。例えば“スーパーで卵を買って、その次は銀行に行く”ということを記憶しておくというようなことや、テストでの暗記など。

 

障害の事を話してからなんとなく彼の態度が私を見下すようなものに変わった気がしてきた。もしかしたら思い違いかもしれないけれど、見下されているように感じてしまった。

 

これ以上彼とお付き合いを続けるのが難しいと感じた私は、お別れを申し出ました。

彼は理系なので(論理的に理解する脳)、こちらが「別れたい」と言ってもなかなか感情論は理解してもらえず。

 

最後はLINEで喧嘩別れとなりました。

 

そしてその後すぐ、主人とお付き合いを始めました。

 

 

 

 

 

 

“伝える”と“伝わる”は違う

こんにちは。今日はそれほど寒くないですね。寒暖の差が激しいので体調にはお気をつけてお過ごし下さい。

 

中学二年生の時に体験した、「伝える」と「伝わる」の違いを書いていきます。

 

2001年9月、中学二年生の二学期始め頃、同じクラスのある女子二人組から

「一緒にお弁当食べよう」と誘われた。

彼女達は小西さん(仮名)と児玉さん(仮名)といい、小西さんは私の事を嫌っていたが、児玉さんは優しく接してくれた。

 

それからしばらく、私を含めた三人でお弁当を食べた。

 

しかし、私がいることで気を遣うのか全く会話がなかった。

 

そして10月半ば、その状況が辛くなってしまった私はクラス担任の松本先生(仮名)に相談した。

「小西さん達と一緒に食べているのですが、会話が無くて辛い。どうしたら良いのか」という内容だった。

すると、松本先生は

「じゃあ、明日から別のグループで食べよう」と云った。

その時の私は

“辛い日々から抜け出せるんだ。ちょっとホッとした”

と思ってしまった。

 

それから数日後、私はやっぱり戻りたいと思って小西さん達とお昼を食べようとすると、

「うちらと食べたくないんでしょ?昨日先生から聞いたんだ」

それを言われた私は「???」と理解できない。

 

“食べたくないなんて一言も言っていないのに”

“会話が無いからどうしたら良いかを相談しただけなのに”

 

「伝えた」つもりになって安心していたら、全然違う意味に捉えられていた。

松本先生には何ひとつ伝わっていないということに気づけていなかった。

もしかしたら伝える時の言葉選びがいけなかったのかもしれない。

私の拙かった説明ではよくわからなかったのかもしれない。

 

それから言うまでもなく、二年生が終わるまで小西さんと児玉さんからは冷たい態度を取られてしまいました。

 

そして、私は別のグループでお弁当を食べ始めました。そのエピソードがこちらです。

 

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私と支援級 その②

 

bambi12.hatenablog.com

 こんにちは。今日は私と支援級、中学校篇を書いていきます。

 

中学校は、支援教育に精通したA先生がいる学区外の所に進学。

在籍は支援級であるものの、9教科中7教科はクラスで授業に参加。残りの2教科である数学と体育は支援級でフォロー。

 

支援級に在籍することで得られたメリットは先生が親身になって相談に乗ってくれたこと。先ほど挙げたA先生は女性なのですが、私が入学した頃に

「何でも相談してくれていいからね。同性だから、話聞けるよ」

と言って下さりました。A先生はすごく頼もしい存在で、実際いろいろな相談に乗ってもらい、3年間本当にお世話になりました。

 

デメリットもなかったわけではありませんが、この記事では敢えて書きません。

 

数学も計算力がクラスのみんなより遅れていることを気にかけて、クラスの数学を担当しているB先生がわざわざ私のために補習をして下さりました。

 

幸い、支援級とクラスの連携をよく取ってくれていたようで私は安心して中学校生活を送ることができ、当時の先生方には本当に感謝しています。

 

困った時にすぐ相談できる所をどこでもいいから作っておくことが、発達障害を持つ子にとって少しでも安心出来るのではないのかなと思います。

 

拙い文章ですみません。参考になれば幸いです。

 

発達障害関連のブログ紹介

おはようございます。今日は私がよく読んでいる発達障害関連のブログを3つほど紹介します。

 

①キュツメキタイプ

cutesmeki-type.com

こちらは、現在幼稚園の年長さんで5歳の時に自閉症スペクトラムアスペルガー症候群)と診断された娘さんを持つお母様が書いているブログです。

辛かったことだけでなく、育児で笑った話も織り交ぜてあります。

 

②今日の娘

今日の娘 〜アスペルガー症候群の娘との日々〜

こちらは、現在小学校4年生で普通学級に在籍している娘さんのことが綴ってあります。学年が上がるにつれて、お母様や娘さんの辛さが如実に表れています。

 

③新社会人を目指すアスペルガーのブログ

rakkansyugi.blog.jp

こちらは、当事者本人が書いているブログです。主に大学時代の就職活動のことや、就職してからのことを中心に綴ってあります。

 

当事者の皆さんには「悩んでいるのは自分だけじゃない」と安心して、時には悩みを共有してもらいたいし、定型発達の方にも少しでも理解が進めばいいなと思って私もこのブログを書いている次第です。

 

私のブログも含め、この4つのブログが誰かの役に立てますように。

 

私と支援級

最初の方の記事にも書きましたが、私は小・中学校と特殊学級(現在の特別支援学級、以下:支援級)に在籍していました。

小学校時代、国語と算数の授業は支援級で受け、それ以外はクラス(交流級)で授業に参加していました。

 

私は小学校入学前、就学相談で「支援級は無理です」と言われていたらしい。

しかし、母が「どうしても支援級に入れて欲しい」と頼み込んだそうです。

(書き方が伝聞系なのは、親から聞いた話だからです)

 

支援級に通う中で、“自分は他の子と違う”という違和感や劣等感を感じました。また、そこに在籍していることでクラスでの出席番号は一番最後でした。(私の旧姓はあ行から始まります)

 

けれども、私の障害についてクラスのみんなに説明してくれたり、フォローを入れてくれたりととても良くして下さった支援級の先生もいます。

(余談ですが、その先生とは今でも年賀状の交換をしています)

 

ただ、公立小学校だったので先生の異動はつきもの。6年間で支援級の先生も何度か変わり、先生によって対応は千差万別でした。

 

いろいろあったけれど、支援級に助けられたことが何度もありました。

 

これは私の事例ですが、その子に合った環境を親が導いてあげることが大切なのだと思います。