小さな頃から考えてきたこと ~普通になりたいアスペルガー~

幼少期に高機能自閉症と診断される。小学生の時にアスペルガー症候群と診断名が変わり現在に至る。このブログが誰かの助けになればいいなと思い開設。

しなくていい失敗をしないために

前回の更新から一ヶ月経ちました。

 

最近、小中学生時代の失敗談を思い出しては主人に話すのですが(毎回ちゃんと聞いてくれる主人には感謝)、主人は

「普通(定型)の人だって失敗するよ」

と言ってくれることがあります。それで、ふと思ったのはどこまでが定型発達の人でもやる失敗で、どこからが発達障害の特性由来なのか、という境目がわからないこと。

 

 

例えば、小学校だとある条件で並ぶ(背の順、出席番号順など)機会が多いと思いますが、並び間違えて「たぬさん、そこじゃないでしょ」と注意されることが小学校低学年くらいの頃はよくありました。

これは、予め先生が指示を出すので、それを聞いて理解できていれば起こらなかったミス。よって、障害の特性由来と私は考えます。

 

 

中学二年の学年末テストで、美術のペーパーテスト返却でのこと。

当時、篆刻印の授業を受けていたのですが、「刻」という字を篆刻を彫るつもりで問題用紙に書かないといけなかったところを、問題用紙を読み間違え、自分の名前を書いてしまった。これは、クラスメイト(定型発達)もまた何人か同じミスをしていたので、単純によくあるケアレスミスだと考えます。

無論、担当した美術教師もその点は返却時、クラス全体に注意していました。

 

 

他にも電車で隣り合った人が見ている携帯や、本、雑誌は覗き込まないというのも暗黙のルールのひとつ。

昔(1999年頃)、木村佳乃さんが出演していたCM、「週刊CHINTAI」で、電車に乗った木村佳乃さんが隣り合った人が読んでいた「週刊CHINTAI」を思わず覗き込んでしまう…、というのがありました。

小学生だった私はそれを見て“やっても大丈夫”と思い込んでしまい、中学生の頃に友達が読んでいた漫画を覗き込むようにみていると、「貸してあげるから!!」と怒られました。そして、覗き込まれると人は不快になるということをその時に知りました。

 

当時のCMに非はありません。「週刊CHINTAI」は思わず覗き込んでしまいたくなるような情報がありますよ、という宣伝だったのです。その意図を理解できず、表面だけを切り取ってしまった障害特性ゆえです。

 

よくある例で、会社内での暗黙のルールはそこに入らないとわからないし、入りたての頃は知らずに失敗したという話もちらほら。これは定型の人でもやってしまうことがあります。

もっとも会社のルールはその会社ごとに違うものなのだから、仕方がないと思います。

でも、世の中の常識や人を不快にさせないことは周りを見て自分で体得するしかない。定型の人ができて、発達障害の人ができないと言われているのは、おそらく「周囲を見て、状況を理解・判断するスキル」の差ではないのかなと考えます。

 

私は大学を卒業してまる10年。いろいろな職場を経験しましたが、新人のうちは他の人達がどんな行動をしているかを観察する術がつきました。

そして、観察や様子見したうえでわからないことはこっそり同僚に確認しています。

周りを観察する力をつけていくと、誰かの顰蹙を買うような行動はぐっと減ります。

 

求めるばかりではだめ

ここ最近、障害のある子を取り巻く事件が2件ほどありました。

 

[ひとつは、発達障害をもっている小6の男の子が47歳の母親にお腹を蹴られてしまった事件。北海道での出来事です。

事件の発端は母親が男の子に洗濯物を干すようにお願いしたのに、やってくれずベッドの下に隠されていた。さらに、そのベッドの下からはカビが生えたり腐ったりした食べ物も一緒に出てきたとのこと。隠した食べ物は好き嫌いをして、残したものだった。

それに腹を立てた母親は男の子のお腹を蹴ってしまった。そして、その件を支援員に相談したことで、警察へつながって逮捕に至ったとのこと。

「もう無理。育てられない」

母親はこう供述していたそうです。

ちなみにこの男の子は母子家庭で、他に兄弟も2人いる。母親は働きながら3人の子を育てていることになります。]

 

頼んだことをやってくれなかったり、嫌いなものをベッドの下に隠して腐らせたりすれば、どんな親でも怒ります。当たり前のことです。

発達障害児は普通に注意したり怒ったりするだけでは通じないと思ったから、お腹を蹴るに至ったのかもしれない。

実際、ヤフコメでもこの母親に同情の声がたくさん集まっていました。

 

 

[2つ目が、宮崎県の知的障害のある小5男児が3年間同級生からいじめを受けて、父親が先生に相談しても学校側は何も対処しないばかりかいじめを認めず、転校していったニュース。

この男児特別支援学級に在籍しているものの、参加できる授業はクラスで受けていたとのこと。

そして、男児が転校して初めて学校側はいじめの事実を認めて謝罪したという。]

 

同級生からすれば、障害のある子は奇異な存在にしかみえないのだろう。

本来であれば、教師が障害のある子のことを理解して接し方を生徒達に教えるはずだが、その教師自身が理解できないから教えられない。

考えてみればわかりやすい知的障害はともかく、軽度知的障害や発達障害はここ最近でようやく認知されつつある障害。

現役教師や親世代が子どもだったころはそういった障害の認知度が低かった。だから、障害を知らないまま大人になり、今初めて障害を知る。ましてや小学校教師を目指そうとする人はひと通り何でもできる優秀な人であろうから、できない子の気持ちがわからないのかもしれない。

特に発達障害はどこまでが特性でどこからがその子自身の性格なのかが曖昧で分かりづらい。

 

普通の世界しか知らない大人と障害のある子どもの温度差はどうしても埋まらない。

このブログで何度も書いているが、人は自分と違うものや人は理解できないのが性。

聖人君子ではないのだから、どんな人間でも感情はあるし、全ての人に優しく接するなんて不可能なのだ。

だから、理解しようとする姿勢も大事だけど、障害のある子達だって周囲に受け入れられる努力をする必要がある。

 

私は事件を擁護しているわけではなく、「理解して」「受け入れて」だけでは社会では通用しないことを今回書いているのです。

今後、被害者となった北海道の男の子や宮崎県の男児が将来周囲に受け入れられるような人間に成長してくれたらと思います。

 

同い年が嫌い

 

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過去記事にも少し書いておりますが、心理士の娘(定型発達)と比べられたことがあります。しかも、同い年。

心理テストでも比べられ、普段の生活でも母から「普通の子は~(同じ学年の子)」と比べられたことから私は同い年が嫌いです。

 

本題はここからですが、職場に私と同い年のひとり娘がいる同僚がいます。

その娘さんは医療系資格職の仕事をしており、同業者と結婚して子供(同僚にとっては孫)がいます。同僚にしてみれば、娘と孫がかわいいのでしょう。よく、休憩時間にその話をします。

他の同僚たちは笑顔でその人の話を聞いています。私もつい先日までは他のみんなに合わせて話を聞いていました。しかし、先月のある日、

「私はね、娘が小さい頃から『手に職を』と言い続けたのが良かったんだわ~」

と娘が資格職で結婚、出産してからも働き続けられていることを自慢していました。

これで私の中の何かが切れました。

 

親の期待に応えられなかった子どもはダメな子なんだ。

(*私の経歴は職場では話していないため、みんな知らないからそういう話をしてしまうのは仕方がないこと。かといって、わざわざ私の経歴を話してその同僚の中で比較されても困るので話したくはない)

私も一応資格を取ってその仕事をしていた時期もあったけれど、結局長続きしなかった。

母は私の仕事の話を聞いてくれた上で「わかったよ」と言ってはくれたものの、がっかりもしていた。

 

私は前々からその同僚の発言や考え方に引っかかるものを感じており、正直あまり好きではなかったけれど、あの発言で私のその同僚に対して心のシャッターを下ろしました。

同僚だし、険悪にならないように私は一生懸命みんなに合わせて頑張っていました。

そして、その人は長年いる人だし、仕事はできるのだからその面では尊敬するようにしていました。

 

でも、もう限界。

コンプレックスを感じながら休憩時間を過ごすのは嫌なのです。

 

子供の頃からいろんな人に比べられて、コンプレックス感じながら生きて。もう疲れました。

 

「悩みは誰にだってあるよ」と人は言うけれど、発達障害のある人とない人では悩みの次元がそもそも違う。

私の人生で辛かった小5~高1の6年間と、学校卒業してからの3年間とそれぞれどん底の期間があったけれど、でもその期間同い年の定型発達は悩みを抱えていたとしてもなんとか成功している(ように見える)。

私が辛い思いしているときも、同い年の定型発達は楽しんでいたのかもしれない。

 

障害がなかったら、私は出産していた。

障害がなかったら、高校卒業した時点で親から運転免許取得の許可おりてた。

障害がなかったら、いじめられなかった。

障害がなかったら、もっと親の期待に応えてた。

 

 

先生によって学校生活は左右される

 

年が明けてだいぶ過ぎましたが、今年もこのブログをよろしくお願いいたします。

本日は小学校6年生の時のことを書いていきます。

 

過去記事も貼り付けました。

 

bambi12.hatenablog.com

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以前から書いているように、義務教育の間は支援学級だったわけですが、私の場合は在籍は支援学級であったものの、一部の授業を除いては交流級(私はこの言い方があまり好きではないので、これ以降は「クラス」と書かせていただきます)でした。

 

支援学級の先生もさることながら、クラスの先生が障害に理解があるかで学校生活はだいぶ左右されます。

私が小6の時のクラスの先生は当時40代後半の女性ですが、その先生は発達障害のことを理解しようともしなかった先生でした。

 

小6の始め、ある日の昼休みにその先生と支援学級の先生に呼び出され、話を聞くと社会科の授業は支援学級で受けないかというお話でした。

知らない方のために書くと、国語と算数は小学校入学当初から支援学級で受けておりまして、6年生ではこれにプラスして社会科も加わったということです。

小6の社会科は歴史の授業ですが、自分の頭で考えることが多いから、たぬさんには難しいのではないかということをその時に言われました。

 

それから、提出物を出そうとするも、「それは支援学級で出してくれる?」と受け取ってくれませんでした。

 

また、朝の会、帰りの会それぞれで和を乱す言動をしてしまったことがあり、それを機に朝や帰りの会に参加させてもらえず、ランドセルも支援学級に置いてくれと言われてしまいました。

(夏休み直前にランドセルをクラスに置けないことをポロッと母に話すと、あくる日にはその先生に抗議をし、二学期からは撤回されてクラスにランドセルを置けるようになりました)

 

とにかくできるだけ私を支援学級に追いやろうとしたため、クラスでの活動はほとんど参加させてもらえなかったうえに、その先生の姿勢や態度はクラスの同級生達にも影響されていきました。

だから同級生は交換日記に悪口を書いたのでしょう。

 

確かに私にも全く非がなかったわけではありませんが、当時はその先生に何か言われる度に悲しい気持ちになっていました。

 

また、こんな出来事もありました。

秋も終わりかけた頃に私は風邪をひき、支援学級に移動しようとしたその時、急に咳が出てしまいました。ケホケホと咳をしていると、

「たぬさん、もう行かなきゃいけないんじゃないの?自分で行動して!」

と、その先生に怒られてしまいました。

私も教室を出てから咳をするとか、何らかの工夫をすればよかったのかもしれません。

ですが、泣きはしなかったものの、言われた内容が悲しくて悲しくて仕方がなかったのです。

しかし、その時はもう既に「自分のせいなのに『悲しい』って思うことは間違っているんだ」と考えるようになっていました。(それについてはまた今度改めて別記事にします)

 

最終学年がこんなだったので、小学校の卒業式の日は心底ほっとしました。

 

義務教育期間を通して、理解のある先生、ない先生といましたが、先生によって障害のある子たちだけでなく、クラス全体が左右されるといっても過言ではないなと本当に思います。

 

発達障害で悩んでいる人たちへ

 

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アメブロをやっていた頃に読んでいた一部のブログを退会してから久々に読みに行った。

そのブログはお子さんが三人いて、真ん中の女の子が発達障害を持っているけれど、障害児育児に特化したブログではないので、三人のお子さんのことがイラスト付きで楽しく描かれているものがほとんど。だが、小学校に入学してからは慣れない学校ですごく頑張っているのか、家や長期休暇中は些細なことで癇癪を起こしてしまい、ブログ主さんは正直しんどいという内容もちょいちょいあった。

勝手にリンクを貼ってよいものなのかは微妙なラインなので、敢えて貼らないが、このブログ以外にもいくつか読んでいると、発達障害を持つ子はちょっとしたことで大泣き、癇癪、同級生との差が少しずつ出てくる、というのはほぼ全ての発達障害児にみられる。

 

私も例にもれず、小学校ではトラブルを起こしては母親に叱られる。その繰り返しでした。そのことが否応なしに思い出され、気が滅入ります。

主人にそれを話すと、「でも、それは小さい時のことでしょう?」と言います。

確かにそうですが、どんなに幼くても定型発達の人は学校でのトラブルは発達障害児のそれに比べたら少ないし、ましてや主人は定型発達の一人。集団生活は苦手だったという主人ですが、彼は概ね問題なく学校生活を送れていました。

 

「勝手に読んでおいてフラッシュバック、なんじゃそりゃ??」

そう言われるのは承知しています。

しかしながら、私がそれらを読む理由はそういった障害を持っていても、友達と遊んだり話したりする楽しさや何かができるようになって自信がついた体験、思春期以降になれば恋愛も経験して、できる限りコンプレックスを小さくした上で学校や社会で歩んでほしいと他人事ながら応援しております。親のためではなく、自分自身のために強く生きてほしいのです。

障害を言い訳にしない。だって見た目は普通と変わらないのだから、「配慮してよ」「私に合わせてよ」では通用しない。

 私は小中学校と支援学級、高校からは普通の学校へ進学したわけですが、中学を卒業した時点で一般社会で生きる覚悟を決めておりました。

 

幼少期から今に至るまでたくさんの失敗と勉強を重ねてきたので、他人とコミュニケーションを取ることはできるし、空気も読みます。少なくとも読む努力は怠っていないです。

それでも何より辛いことはフラッシュバック。しかし、フラッシュバックについての対処法はどこにも載っていない。

逆にコミュニケーションや社会性(空気を読む、感情をコントロールする等々)は調べればいくらでも対処法がわかるし、また良いお手本を見せてくれる気遣い上手な定型発達の人がきっと周囲にいることでしょう。

 

私は理解者がほぼいない状態で子供時代を過ごしたけれど、理解者が一人いるだけで違います。

そして、障害なので治すことはできませんが、軽減することは努力次第で可能です。

 

駄文、乱文となりましたが、すべての人が幸せな人生を送れますように。

遊びを楽しみたかった

小学生以下の小さな子が家族とあっち向いてホイしているところを見てふと思い出しました。

 

私は小2の頃、あっち向いてホイを同級生から教わりましたが、相手の指差す方向を何度も向いてしまい、ついには

「もういい!たぬさんにはできない!」

とその教えてくれた同級生にキレられてしまったことがあります。

それ以来、私の中ではあっち向いてホイは障害のある子はできない、普通の子が楽しめる遊び、という認識です。

 

定型発達の主人に「小学生の頃、ルールを応用させた遊びで悩んだ経験があるか」と問うたところ、彼は一瞬考えました。

パッと思いつかないということは特にそういったことはなかったということです。

 

主人は子供の頃、ルールを応用させた遊びをみんなで考えて楽しんでいました。

「(当時は)どうやったら楽しく遊べるかを考えていた」とのこと。

 

これはあっち向いてホイに限った話ではなく、高オニ、氷オニ、軍艦じゃんけん、グリンピースじゃんけん等々…。

軍艦じゃんけんは私のクラスの男子(定型発達)が遊んでいるのを横で見たことがありますが、テンポ良く、しかもお互いに複雑なルールを理解している。

 

複雑なルールや応用させた遊びが苦手な私と特に悩まずに楽しめた主人。

ここで障害と定型を感じずにはいられません。

主人は「そういったことで分断する必要はない」と言いますが、校庭などで無邪気に遊んでいる子供達を見ると、「ああ、普通はこうなんだな」と思います。

特に私が住んでいるところは、小学校が近いので昼休みに楽しそうに笑いながら遊んでいる声が聞こえる横を通るのは少し辛いです。

 

子供なら何をやっても許されるのか

昨日、寿司が食べたいという主人と回転寿司屋に行きました。

テーブル席に案内され、食べ始めると隣のテーブルの親子連れ(父親と小学校低学年から幼稚園くらいの男児二人の計三人)がおり、男児二人がソファタイプの椅子の上でバタバタと跳ねているので振動が隣にいる私の方まで響いてきます。振動は意外と伝わってきます。

 

最初は我慢していました。そして、男児二人のうち一人が寿司を覗き込むように見ていたので、注意をしました。

「振動が響いてうるさい」

「お寿司を覗き込むようにしている」と。

男児たちの父親は注意も何もせず、飲んだり食べたりを続けていました。40代前半くらいの人でした。

すると、

「あなたの方がうるさい」

「あなたはいくつか知りませんが、こっちは分別のつかない子供なんです」

「(男児二人に対して)ああいう大人になるなよ。危ないからな」

と完全に見下した態度。

 

私も言いました。

「小学生ですよね?言えばわかる年齢ですよ?」

 

男児二人もケタケタと笑ってバカにしたようにこちらを見ていました。

迷惑になることを迷惑と思っていない子供。

ダメなことはダメと教えない親。

他にも客や店員はおりましたが、みんな見て見ぬ振り。

 

子供なら何をやってもいいのか。小さいうちからマナーを教えていかないと、いつぞやの売り物のぬいぐるみに唇を近づけた写真をアップして炎上になった元アイドルや過去に多々あったバカッターのようになるんです。極端な話。

 

そんな人達と同じ空間で食事をしたくなかった私達は早々にお会計をして店を出ました。

 

私が子供の頃は迷惑になりそうなことをすると父が要所要所で注意をしてくれました。

短く、的確に。

社会が変わっていくのは止めることができませんが、叱られるべき時に叱られないと大人になって常識を知らないがために困るのは子供自身。

本来なら赤の他人である私が言うべきことではないのは承知ですが、今回の場合、明らかに迷惑を被っているわけですから、自分たちの行動が相手の迷惑になっているということを伝えないといけないと私は思うのです。

 

「子供だから仕方ない」

は免罪符ではありません。

「子供だから社会のルールをわかるように教えないといけない」

のです。自分の力不足を他人になすりつけないでいただきたいです。