小さな頃から考えてきたこと ~普通になりたいアスペルガー~

幼少期に高機能自閉症と診断される。小学生の時にアスペルガー症候群と診断名が変わり現在に至る。このブログが誰かの助けになればいいなと思い開設。

私の大学生活

期待に胸を膨らませて大学に入学した。

「取れる資格は全て取りたい」と張り切っていた。
(教職課程を取れば栄養教諭も取得できる学科)

アルバイトも始めた。家の近くのコンビニで。
新しい生活をそれなりに楽しんでいた。

友達もできた。最初は私をふくめて三人グループで行動していた。一緒に授業受けて、ご飯食べて。

でもそれは長くは続かなかった。だんだん私は会話の輪に入れなくなり、なんとなく浮いた存在になる。
夏休み前のある日、いつものように三人で大学の最寄り駅前まで帰っていた。
すると、一人が
「じゃあ、うちらご飯食べに行くから」
と言った。
私以外の二人はご飯を食べに行き、私は帰宅した。

「バイバイ」と別れる時の顔がなんとなく晴れやかなのがわかった。

私だけ置いて行かれるということが他にもあり、私はこのグループを離れようと決めたのだった。

大学で初めてできた友達。だがどこか歯車が合わなかった。

もしかしたら私のような人と歯車が合う方が少数派なのかもしれない。


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栄養士を志した理由

おはようございます。関東もついに梅雨入りしましたね。今日もなんだかすっきりしない天気です。


今日は栄養士を志した理由について書きます。
それは一言で言えば食べることが大好きだから。

私は発達障害の人にありがちな偏食が無いのです。基本的に食べ物は残さないし、何でも食べます。

そんな私に親が「食べ物に関わる仕事はどうか」と勧めてくれました。進路を決める高校生の時です。

母と一緒にとある女子大学のオープンキャンパスへ行き、管理栄養士の資格も取れた方が将来的に良いとのことで管理栄養士専攻を目指すことになりました。

その大学を受けるために高校から推薦をもらい、推薦入試で合格。高校3年の秋でした。

「大学は好きなこと勉強できるから楽しいよ」
当時通っていた個別指導塾の先生がそう言ってました。

春から始まる大学生活に胸を踊らせていました。

この時はまだどんな栄養士になりたいかを漠然としか考えられていなかった。

次は大学時代の話を書きます。

自分の弱点を把握する

病院へ配属になった私は気持ちを新たにして仕事に取り組んだ。

しかし、私はそこのチーフとすこぶる合わなかった。
まず大きな声で怒鳴る。(私は怒鳴られるのがかなり苦手です)

ある男性調理師さんは「ここは和気あいあいとしたところだから」と言っていたが、それは自分たちにとって居心地のよいところなのであって私にはとても居づらい職場だった。

チーフに盛り付けのことで怒られ、終いには
「何もしなくていい」と言われた。
本当に何もしないわけにはいかないと思った私はごみの片付けをしていた。すると、
「あたし何て言った?何もしなくていいって言ったでしょ」
「それは帰れってことですか」
「何もしなくていいとは言ったけど帰れとは言ってない」
要するにチーフと口論になったのだ。
私は最後、盛り付けてた職員食を手で払い落とした。
チーフは一瞬静かになってから
「帰って」
とだけ言い、私はその通り帰った。

そして、私はその病院に二度と出勤することなくそのまま退職した。

せっかく得た栄養士の仕事をたった4ヶ月で辞めてしまった。

栄養士の仕事が全ての事業所でうまくいかなかったことを発達精神科の先生に話すと
「仕事が思うようにいかないのは能力に凸凹があるから」とのこと。
私は自分の障害を自分でしっかり把握できていなかった。もしかしたらそれを今まで避けていたのかもしれない。

当時“次は医療事務の仕事をしたい”と考えていた私に先生は
「試行錯誤ではなくて、ちゃんと自分に合ったところを探した方がいい」とアドバイスしてくれた。

こうして私は栄養士、管理栄養士の資格を持っていながらそれとは別の仕事に就こうと決めたのです。

いきなりチーフに!?

こんばんは。昨日は終日夫と一緒に過ごしたので更新ができませんでした。
伊豆の方にドライブに行き、金目鯛の乗った海鮮丼を食べたり石廊崎から景色を眺めたりしていました。

続きです。私が配属されたのは有料老人ホーム。
まず食形態が常食から始まり、一口大、刻み、ペースト、ムース食とかなり細かく分かれていて、誰がどの食形態かを覚える所から始まる。

私がやっていたのは食器洗浄、盛り付け。調理は調理師さんがやっていた。

入って1ヶ月半経った頃に事務仕事をチーフから教わった。書類の管理、食材発注、献立作成…。
この時はいずれ必要だから教わったのだと思っていた。

それから2週間後。SV(スーパーバイザー。各事業所を統括管理している)がやってきて、私は呼び出され、こう言われた。
「今のチーフは3月末で異動になります。なので4月からはあなたにチーフ代行をやってもらいます」

チーフ代行っていうけど仕事内容はチーフだよね?

私入ってまだ2ヶ月。しかも契約社員だよ?

戸惑いでいっぱいだった。

しかし私は戸惑いながらもチーフ代行の話を受けてしまった。


それから周りの人の態度が変わった。
優しくしてくれる人もいたけど、あからさまに嫌味を言う人もいた。
「洗浄と事務しかやってないじゃない」と。

何年も調理師として働いてきた40代の女性より入って数ヶ月の人がいきなり上に立ってしまったのだからそりゃ嫌味も言いたくなる。

また、発注ミスもありしょっちゅう怒られた。
食材が多くなりすぎて冷蔵庫がいっぱいになり、
60代のパートさんに
「迷惑ばっかりかけて!」と怒鳴られる。

調理のことがわかっていないのにチーフになったから発注の加減がわからない。

立場上わからないことをわからないと聞けない。
(当時はそう思っていた)

毎日辛かった。
できない自分がいけないのだけれど。

SVに異動を申し出た。

申し出は通って、5月から病院へ異動することになった。

次回で栄養士時代の話はおしまいです。

振り出しに戻る

OJTが打ち切りになった後は再び研修に戻る。

つまり振り出しに戻るということだ。

コーディネーターとも相談しながら次を探す。

私は百貨店の事務のアルバイトが楽しかったし、比較的合っていたこともあり事務職を希望した。
しかし、それをコーディネーターに話すと明らかに渋られた。
「コミュニケーション能力も必要だし、会社の中心にならないといけないから考えなさい」と。

(今事務職をやっているが、確かにコミュニケーション能力は求められる)

その一方でまだ栄養士の仕事をどこかで諦めきれていなかった自分がいる。

もう一度やり直したい。

私はとある大手委託給食会社に応募した。
(わりとよく求人広告を出している所でもある)

年末に面接を受け、年明けに合否の連絡をもらうことになった。

2012年になって1週間。1本の電話がかかってきた。

「なんとかお願いできますか」

決まった。これでひと安心。

それから健康診断と事前研修を受けて、就職支援事業を退職して配属初日を迎えた。

初めての介護

未経験可のグループホームなので私は介護について何も知らずに入った。
体の支え方、認知症の人への接し方…。
あまり丁寧に仕事は教えてもらえずおむつ替えも着替えさせるのも“見て覚えてね”という感じです。


ある時散歩をしていました。私は一人の利用者さんと手を繋いでいました。すると、突然座り込むように倒れてしまったのです。
私は咄嗟のことで対応できずおろおろするばかり。
何が有ったのかケアマネージャーに訊かれても
「大丈夫です」と答えてしまい、この対応がケアマネージャーを怒らせました。

実はこの日、このケアマネージャーには朝から怒られ通しで“何かあったらまた怒られる”という気持ちが先に来ていました。
(ここはアスペルガーのことをオープンにしたブログなので正直に書きますね)

「大丈夫、大丈夫って何が大丈夫なのよ」
今思えば至極真っ当です。

泣いてはいけないのに、どんどん涙が溢れてしまい、一旦外に出ようとしたら
「ここにいなさい!職場放棄ですよ」
と言われ、落ち着くまで隅に座っていました。

座り込むように倒れてしまった利用者さんは部屋で休んでいて、私はその方に謝りに行きました。
すると、「あなたはまだこれからなんだから」と言ってくれました。その気遣いがなんだか申し訳なく思えてきました。


それから数日後、泣いてしまったことだけが原因ではありませんが、私とケアマネージャーとの人間関係がうまく築けず結局そこでのOJTは打ち切りとなりました。



こちらも併せてどうぞ。
Amebahttp://ameblo.jp/pockykochibi1106/theme-10096086781.html

近況

おはようございます。
OJTの話はこの次の記事に書きますのでしばしお待ち下さい。

私は現在商社の営業事務の仕事をしている。
仕事はまあいろいろあるけれどなんとかやっている。

一番辛いのがお昼休み。私は派遣なので会議室で食べることになっているのだが、そこにはパートさんもいる。共通の話題もそれほどないので、気づいたらいつもお互いに無言なのだ。

居心地悪いんだろうな。と思いながら過ごす。

私のコミュニケーション能力がもう少しあればな…。
だから私の方からなるべくそういう時間を作らないようにしている。お弁当を持ってないときはなるべく外に食べに行く、昼休みに外出する用事を作る、仕事をたくさん抱えて忙しくしているとか。

パートさんのことが嫌いとかそういうわけではない。お互いに気まずくなりたくないからだ。

既に一部の社員さんにはこの状況はバレている(と思う)

今の派遣先はできる限り続けたいと思っているが、、

家にいるより外で働くことはいいことだよ、と主人も私も思っている。生活も潤うし。

なんとなく周りの人には言えないのでこのブログに吐き出してみました。